スパイスは金にも戦争にもなるから面白い?

スパイスの歴史

スパイスは金にも戦争にもなる

先日、大航海時代を迎えたことで(振り返りはここから)、ヨーロッパでは、スパイスの利用が一般にも普及したところまでお話ししました。その昔、スパイスは高価で金のなる木だったのです。
しかし、
ヨーロッパという巨大な組織をもってしても、なかなか手に入らないスパイスがあるのです。

  • コショウ
  • クローブ
  • ナツメグ
  • これらは、手に入る人が限られます(結局、権力やお金持ちのみ?)。
    そこで、これらのスパイスを巡って、ヨーロッパ各国で争奪戦が始まり、激化されます。ヨーロッパだけで収まればよいものが、これらスパイスの産地が犠牲となります。これらのスパイスの産地は、東南アジア。自国でやればよいものを、戦場は、東南アジアとなるわけです。なんとも無様・・いつの日にも犠牲になるのは、関係のない弱い人間です。
    スパイスを巡った争いは、

  • 16世紀前半
  • ポルトガルが東南アジアや交易地を制します。次に、スペインが進出し植民地を獲得。

  • 16世紀後半
  • イギリスが海賊行為により、ポルトガルやスペインの領海へ進出。イギリス東インド会社を設立し、そこを拠点に勢力拡大をはかります。このイギリスの動きを知ってかた知らずか、オランダもこの海域を狙うのです。

  • 16世紀末
  • オランダが、モルッカ諸島に進出(現在のインドネシア辺り)。交易を行うことで現地の人に歓迎され、気をよくし、支配の礎を築きました。
    その後、オランダは東インド会社を設立、ポルトガルの追い落としにかかり、クローブ貿易の支配権を奪うのですが、そこへイギリスが割り込んだため、ポルトガル×スペイン×オランダ×イギリス4ヵ国による植民地の争奪戦となります。これがスパイス戦争です。

    戦争はオランダが勝利し、モルッカ諸島は、一部を除き18世紀までの間、オランダが制しました。
    スパイスの歴史
    そんなオランダ政権は、そう長くは続かず、突如として今まで参戦しなかったフランスが現れます。しかし、フランスは、戦争を申し出るのではなく、strong>知略をもってスパイスを手に入れることにしました。その知略とは、盗木 (それもどうかと思いますが・・)。オランダ官憲の目を盗み、クローブやナツメッグの木を盗み、フランス領域のマダガスカル島へ移植したのです。その後、南米や西インド諸島などへ移植を広げました。広い範囲でスパイスが栽培される、すなわち生産されることで、植民地政策は意味が薄れ、スパイス戦争は自然に終わりを迎えました。フランスが大人な対応?のようにも見えますが、う~ん小賢しいというか。結局、自国が潤えばよいという考えが透けて見えるのは私だけでしょうか。現代だともう少し平和的解決になるのかな、と思いはしましたが。戦争のことの発端って、ヨーロッパに限らず日本だって、しょうもないですよね(笑)



    スパイスに欠かせない4人の歴史上人物を紹介



    スパイスに欠かせない4人の歴史上人物

    ヒポクラテス

    スパイスの歴史
    ギリシャの医学の祖と呼ばれる人物。
    紀元前400年頃にはすでに400種類のハーブを処方。その中でもハーブの香りによる効能にビビっときたヒポクラテスは、呪術的な手法ではなく、科学的な観点で病気をとらえ、現代にも通じる医学の基礎を築きました。
    西洋医学、東洋医学関係なく、この人あっての医学と言っても過言ではありませんね。

    ディオスコリデス

    スパイスの歴史
    ローマ時代の医師として活躍した人物。
    紀元50~70年頃、植物、動物、鉱物などのあらゆるものを利用し、鎮痛、消炎、利尿、下剤などの薬理機能上から分類した「マテリア・メディカ」を著した。ここに掲載されている植物は600種類にもおよび、これを元に、スパイスやハーブが体系化され、医学や薬学、植物学が誕生した。インドのアーユルベーダ、中国の漢方の原点と言えます。
    ※「マテリア・メディカ」
    現物を見てみたい、中身を知りたくなってきました(笑)
    スパイスの歴史

    マルコ・ポーロ

    スパイスの歴史
    ヴェネツィア共和国の商人。
    有名な著書「東方見聞」には、東洋を旅した時に出会った、絹織物、中国やモルッカ諸島のスパイス、日本の黄金の宮殿などの内容が書かれています。今で言うところの旅日記。これを機に多くの人が東洋への好奇心を抱き、その後300年にわたる冒険家たちの大航海時代となるわけですが、東方見聞録には、東洋は、クローブ、ナツメッグ、シナモンの原産地で豊富なことが記されており、ヨーロッパの人々にとっては、東洋が宝島のように思われ強い憧れの地とされていたようです。

    バスコダガマ

    スパイスの歴史
    ポルトガルの航海者、探検家。
    1498年インド西海岸のカリカット(現在のコーチン)までの航海に成功。コショウやシナモンを安価で手に入れる道を開きます。当時、ヨーロッパでは、スパイスは貴重品で、金銀に匹敵する高値として重宝されていましたが、海路への道が開けたことで、スパイスがたやすく手に入るようになり、ヨーロッパでは薬用や肉の貯蔵用としても一般に利用が広まりました。
    が・・しかし、、ヒトの欲望というものは恐ろしいもので、この後、悲しくも戦争に勃発します。

    「スパイスの歴史」のご紹介

    スパイスの歴史

    「スパイスの歴史」のご紹介

    何回かに分けて、スパイスやカレーの歴史の記事を書きましたが、もうちょっと深く知りたいな、という気持ちにかられ、探したところ良さそうな本を見つけました。
    「スパイスの歴史」原書房
    フレッド・ツァラ:著、竹田円:訳
    序章から始まり、計5章立て。

    スパイスは、100を超える種類が存在するのですが、この本では、5つのスパイスに絞って、古代、中世~現代までの歴史が綴られています。5つのスパイスとは、

    です。主要なスパイスですし、本ブログのスパイス辞典にも既に登場していますね^^

    この本によると近代において、スパイスの使用率が高いのは、イギリスだそう。しかし、使い方を熟知しているのはイタリアだとか。
    なんとも面白く、多くの人が、スパイスに憧れを持ち、手に入れたい一心で?、戦まで起きるぐらいなのですから、人や世界を魅了するモノなのですよね。




    カレーは文明開化とともに

    スパイスの歴史

    カレーは文明開化とともに

    カレーは、そもそもインドの料理です。スパイスたっぷりのそれは、インドでは今も昔も日常的に食され愛されるソールフード。日本で言うところの味噌汁的な存在なのです。かつては、インドを植民地にしていたイギリスがそのカレーを自国へ伝えるのですが…
    さて、1633年から200年近く続いた鎖国が終わった日本。
    明治維新によって、文明開化が起こります。これにより、文明の道が開け、貿易が盛んに行われ、西洋文化、東洋文化が続々と日本に入ってきます。そんな中、1872年、「西洋料理指南書」や「西洋料理通」という書物にカレー料理が発表されたのです。ただしかし、イギリスが、西洋料理として紹介しました。

    スパイスの歴史
    「西洋料理指南書」※画像は引用です
     (実物見てみたいですし、レシピが書いてあるなら再現してみたいですね~。)

    そのためでしょうね、私たちが日常的に食しているカレーは、西洋風のカレーなんですね。
    さらに、私たちがカレーだと思っているのは、このスタイルでは。

    スパイスの歴史

    カレーライスです。
    お米を主食とする日本は、カレーを食べる際にお米にかけたことから、カレーライスができたのだとか。カレーライスは日本の独自メニューなのです。確かに、インドカレーや、西洋風カレーは、カレーとライスが別々ですし、パンであることもしばしばですね。
    また、カレーライスの独特のとろみ、これもまた日本がアレンジしたのだとか。

    • イギリス海軍のメニューに採用されたとき、船の揺れに対応するためだった
    • ソースを重視するフランス料理の手法を取り入れたから

    (Wikipediaより)
    と色々と諸説があるようで、面白いですね。

    確かにとろみがあります。そちらに重きを置いたためか、もしくはスパイスの入手が困難だったからなのか、カレーライスには、スパイスがあまり使われていないように思います。
    カレー食べたくなってきましたね^^